本質で生きるマインドフルネス

努力に疲れたあなたに贈る逆説的・幸福論

救いがない中にこそ救いがある

f:id:hamamon91:20210918070006j:plain

夢や成功願望という形をとった野心


夢や成功という言葉で飾られてはいても、もしかするとこれもエゴが作り出す野心かもしれない。

 

その奥底には、

 

「俺だけは特別でいたい」

「成功することで特権を独占したい」

「人より優位に立って一目置かれたい」

 

そんな欲が隠れているのかもしれない。

 

もちろん夢や成功願望のすべてがそうだとは言わない。

 

また、それが「悪いこと」だとも言わない。

 

しかし僕はもう、その生き方は選ばない。

 

しんどいから。

 

瞑想はエゴの欺瞞を見抜く

 

「正義のために悪を倒す」

 

エゴはよく美しい言葉を使い、自分の執着を正当化しようとする。

 

そして、正当化していることに気づいていない。

 

瞑想はときに、自分の内面にあるそうした欺瞞を見抜く。

 

それは自分にとって、「在る」ということさえ認めたくないものなのかもしれない。

 

だから僕たちは、それを観ることすら恐怖を感じる。

 

その恐怖に比べれば、それを「無いもの」にしてしまうほうがよほど楽なのかもしれない。

 

しかし、瞑想には見て見ぬふりはできない。

 

いずれそれらと向き合うことになるのかもしれない。

 

もし向き合うこととなったなら、いずれ受け入れることとなるだろう。

 

受け入れたとき、それを否定しなくても折り合いがつくようになるだろう。

 

瞑想の救いのなさこそ本当の救い

 

瞑想にはごまかしが効かない。

 

それはまったく救いがない。

 

しかしこれを続けることで、あなたは次第に理解する。

 

この救いがない中にこそ、救いがあるのだということを。

 

なぜなら、救いを求めることは不自由なことだから。

 

この世には本当は、自分だけに都合のいい救いなどないという事実。

 

むしろ求めれば求めるほど、それは起こらないという事実。

 

それらを徹底的に味わうこと。

 

そのことにより救いを求めなくなる。

 

救いを求めないとき。

 

真に必要なときに、おのずと救いが起こることに気づく。

 

そのとき僕たちは、あれこれ小細工を弄しなくても大丈夫なのだと体感する。

 

それが自由につながる。

 

笑ってしまうぐらいパラドックスな世界だ。

 

hamamon91.hatenablog.com