「本質」で生きるマインドフルネス

真の自由とは、「本質」のあなたで生きること

内面観察【マインドフルネスによるアプローチ②】

f:id:hamamon91:20210410155042j:plain

 

前回記事で、メンタルヘルスにおいて、思考そのものをコントロールしようとする試みがうまくいかない理由をご説明しました。

 

今回は、思考のコントロールに代わる方法として、マインドフルネスではどのようにアプローチをするのか、お伝えしたいと思います。

 

hamamon91.hatenablog.com 

内面を観察する

 

マインドフルネスにおいて、僕たちは自分の内面を忍耐強く観察します。

 

その真意は、自分の心の中にある思考や感情の存在を認めることにあるのです。

 

もちろん、観察する対象のなかには、あなたがあると都合が悪いと思っている思考・感情も含まれます。

 

「こう思ってはいけない」

「こう感じてはいけない」

 

あなたがこれまでの生い立ちで身につけた、思考・感じ方のタブーを少しずつ解きほぐしていくのです。

 

観察することで、それらの思考・感じ方は実はそのままにしておいても大丈夫なのだということを体感していきます。

 

こうして恐怖は少しずつやわらぎ、自分の心のタブーは減っていくのです。

 

それは、自分の心の中にある都合の悪い思考や感じ方を排除しようとするやり方と、ある意味逆のアプローチだといえるでしょう。

 

「自分で評価を下さない」姿勢

 

マインドフルネスでは、あるものは「ある」と認めますし、ないものは「ない」と認めます。

 

だから恐怖を感じているのなら、「恐怖がある」と認めます。

 

何も感じていないなら、「感じない」と認めます。

 

言葉にすると簡単なようですが、実はこれは非常に難しいことです。

 

なぜなら僕たちは、個人差はあれ、自分の思考・感じ方を機械的に評価する癖がついているからです。

 

「こんな風に感じるなんて、いけないことだ」

「悲しむべき場面で悲しめない私は、薄情な人間だ」

 

そして、感じていることを感じていないと強がったり、感じていないことでも感じているフリをするのです。

 

そこでマインドフルネスでは、「自分で評価を下さない」という姿勢をトレーニングします。

 

これは、「評価をしてはいけない」ということではありません。

 

なぜなら、それはコントロールできないからです。

 

マインドフルネスを実践するうちにあなたも気づくと思うのですが、様々なものごとに対して僕たちの思考が行う評価は、僕たちの意志を超えて勝手に起こっているのです。

 

評価を下している自分を評価するなら、きっとあなたは自分を裁き続けることになるでしょう。

 

だから、自分が下す評価に気づくだけでいいのです。

 

日常生活こそ実践の場

 

これは、自分の内面を観察するうえで、極めて効果的であると僕は考えます。

 

何か出来事が起こったとき、僕たちは出来事そのものを観ているのではなく、そのときに想起してきた思考や感情を通して観ています。

 

つまり、僕たちがものごとに対して下す評価というのは、実は自分の内面でそのとき起こった思考や感情に対する反応なのです。

 

「自分で評価を下さない」とは、自分の思考や感情に対処しないということ。

 

自分の思考や感情を、ただ観るということ。

 

この姿勢は、内面観察そのものだと言っても過言ではないでしょう。

 

内面観察は日常生活で行うことで、その真価を発揮するものと思います。

 

この訓練を日々重ねるとき。

 

あなたは自分の思考・感情や自分の身に起こる出来事を、まるで他人事であるかのように受け流す技術を少しずつ習得していくことでしょう。

 

このとき、あなたの思考や感情はもはや、あなたに襲いかかる脅威ではないのです。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

hamamon91.hatenablog.com

 

 

ポジティブ思考がうまくいかない理由【マインドフルネスによるアプローチ①】

※注意※

この記事は、ポジティブ思考やそれを実践している方々を貶めることが目的ではありません。

 

ポジティブ思考がうまくいかずに自分を責めてしまう人に対して、「あなたのせいではない」ということを知っていただくとともに、別の方法を提案させていただくものです。

 

それをご承知のうえ、閲覧いただけると幸いです。

 

f:id:hamamon91:20210306113323j:plain

 

もし、あなたが人間関係で悩んできたなら、ご自身の思考パターンを矯正しようと試みたことがあるのではないでしょうか。

 

もしくは現在もその取り組みを継続されているかもしれません。

 

そのとき、まず自分のネガティブな思考パターンに原因があると考えて、それを正そうとするのは至極当然のことであると僕は思います。

 

そこで、僕たちは思考そのものをコントロールしようとするのではないでしょうか。

 

結論から申し上げますと、マインドフルネスでは違ったアプローチをします。

 

思考パターンの変容という点では、行き着くところは同じです。

 

しかし、思考そのものをコントロールしようとはしません。

 

むしろ、思考の内容にはなるべく注目せず、「思考が来た」ということに気づいて、距離を取るようにします。

 

それは精神のメカニズムから見ても、理に適ったことであると僕は考えます。


なぜなら、思考のコントロールは遅かれ早かれ失敗してしまうものであると言っても過言ではないからです。

 

今回はその理由をご説明したいと思います。

 

「思考はコントロールできる」という神話

 

「思考はコントロールできる」


あなたはこの神話を信じているでしょうか。

 

ポジティブ思考も、この神話に基づくものなのかもしれません。

 

ポジティブ思考と一口に言っても、もしかすると色々な方法があるのかもしれません。

 

また、情報によってニュアンスも異なってくるのかもしれません。

 

ですから、もしあなたが現在取り組んでいるポジティブ思考を、あなたが信じるに値するものと感じているのなら、これ以上この記事を読まれる必要はないと思います。

 

しかし、もしネガティブな思考をポジティブな思考に置き換える試みがうまくいかないのなら、この神話を疑ってみてもいいのかもしれません。

 

思考のコントロールは失敗して当然

 

①思考の抑圧は逆効果

 

おそらくあなたももう経験されたのではないでしょうか。

 

「ネガティブに考えてはいけない」

 

このように思考を働かせると、ますますネガティブな考えが起こるということを。

 

次のことを試してみましょう。

 

では、今から3分間、猫について考えてはいけません。

 

・・・どうでしょうか。

 

あなたはかえって猫について考えてしまったのではないでしょうか。

 

「〇〇について考えてはいけない」

 

実はこれが、「〇〇について」の考えを増幅させるのです。

 

そして、それは精神のごく自然な働きでもあるのです。

 

心理学的にもほぼ明らかになりつつある見解のようです。

 

ですから思考の抑圧は、有効であるどころか逆効果であるといえるかもしれません。

 

②思考の関連付けによる弊害

 

また、思考というものは、直接関係ないもの同士を結び付ける働きも持っています。

 

たとえば、親しい友人が、雪の降る寒い夜に事故で亡くなったとします。

 

「彼は事故で亡くなった」

「それは寒い冬の夜のことだった」

 

すると、思考がこれらを関連付け、雪が降る寒い夜が来ると、亡くなった彼のことを思い出すようになる。

 

連想ゲームは、まさにこの働きを利用した遊びです。

 

この働きが、ポジティブ思考をますますこじらせていると僕は考えます。

 

「ネガティブに考えてはいけない」

「ポジティブに考えよう」

 

もうあなたもお察しかもしれません。

 

この考えによって、ネガティブとポジティブが関連付けられます。

 

また、前述のとおり、「ネガティブに考えてはいけない」によって、ネガティブな考えは増幅されます。

 

すると、ポジティブに考えようとすることで、かえってネガティブな考えが頭に浮かぶようになるのです。

 

つまり、思考をコントロールしようとする試みは、心理学的に見ても失敗して当然なのです。

 

(参考文献 「ACTをはじめる セルフヘルプのためのワークブック」 星和書店 著:スティーブン・C・ヘイズ 他 訳:武藤 崇 他)

 

ここまで、思考のコントロールが逆効果であるという理由を見ていただきました。

 

では、それに代わるマインドフルネスのアプローチとはどういったものなのでしょうか。

 

以下、次回でご説明します。

 

(続く)

 

hamamon91.hatenablog.com

 

hamamon91.hatenablog.com

 

限界を認める

f:id:hamamon91:20210301214840j:plain

 

スピリチュアルなどで、「あなたに耐えられないことは起こらない」というような言葉を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

 

「いやいや、耐えられないことばかり起こってるよ」

 

今、苦境にいらっしゃる方は、この言葉に違和感をおぼえるかもしれません。

 

この言葉の真意は何なのでしょうか。

 

2種類の「耐えられない」

 

①人生全体で観る「耐えられない」

 

「耐えられないことは起こらない」

 

この言葉は、僕がこのブログで使う「大丈夫」と同様、究極的なものであると僕は解しています。

 

ここでいう「耐えられない」とは、今世の終焉を指しているのではないでしょうか。

 

つまり、「今、あなたは現に生きているのだから、あなたは耐えられている」ということなのでしょう。

 

「本当に耐えられないのなら、絶命して今世を終えているだろう。」

 

そういうことなのでしょう。

 

たしかに人生を全体として捉えることができるなら、この意見は的を得たものであると理解できます。

 

②今という時間で観る「耐えられない」

 

しかし、あなたの違和感は僕にはよくわかります。

 

そういうレベルで「耐えられない」と言っているんじゃないんだ、と。

 

きっとあなたは忍耐強い人でしょう。

 

苦しくても黙って耐えてきたのではないでしょうか。

 

そのうえできたした限界。

 

自分に耐えられないことが現に起こっている。

 

実際こうして過労で鬱になり、寝込んでいるじゃないか。

 

これが「耐えられること」なんて言われるのは心外だ、と。

 

あなたの言うことはごもっともだと思います。

 

今という時間だけ切り取って観ると、たしかにあなたは耐えられない状況にあるのではないでしょうか。

 

限界を認める

 

このときあなたは、「もう限界だ」と感じているのではないでしょうか。

 

そして、この「限界だ」という「感じ方」こそ、今のあなたが大事にする必要のあるものではないかと僕は思うのです。

 

つまり、今、あなたに大切な姿勢は、「自分の限界を認める」ということかもしれません。

 

自分の「感じ方」のみを頼りに、今の自分の限界はここまでだと認識し続けるのです。

 

ストレッチをしているとき、身体が痛く感じる手前で「限界だ」と認める。

 

家事をしていて、疲れを感じたら「限界だ」と認める。

 

友人にLineの返信を打っていて、文章が詰まって手が止まったら「限界だ」と認める。

 

ひとつひとつ、限界を確認していくのです。

 

「限界だ」には、外的な基準はありません。

 

あなたの「感じ方」で決めていいのです。

 

ひとつ助言申し上げると、あなたの場合は多少物足りないと感じるぐらいでちょうどいいのではないかと思います。

 

またここでは、限界をただ認めるだけでいいのです。

 

そこでやめてもいいし、できそうなら続けてもいいのです。

 

一旦、認めるということが大切なのです。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

完璧主義には抵抗しない

 

このときおそらく、あなたの中の完璧主義が口を挟んでくるでしょう。

 

「もっと頑張れ」

「諦めるな」

「ここでやめたら損をするぞ」と。

 

残念ながら、あなたの意志でこの言葉を消すことはできないでしょう。

 

だから消そうとしない。

 

なるべく抵抗もしない。

 

苦しみにできるかぎり身を委ねるのです。

 

それはとても不快かもしれません。

 

しかしこここそ、あなたの得意な忍耐力の出番ではないでしょうか。

 

瞑想の技術でこれらの言葉を脇へ流します。

 

完璧主義があなたを変えようとすることに飽きて立ち去るまで、なるべく反応せずに待ちます。

 

もちろん失敗するときもあると思いますが、これを繰り返していきます。

 

結び

 

その先にはいったい何があるのでしょうか。

 

これを続けることで、おそらくあなたは自分の限界を理解することでしょう。

 

そして、自分にとってのものごとの引き際がわかってくると思います。

 

これによって、あなたは「本当に耐えられないものからは離れる」という関わり方を身につけるでしょう。

 

そのときあなたは、「人生に耐えられないことは起こらない」という言葉の真意を理解することでしょう。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

ナルシシズムの脱却

f:id:hamamon91:20210301202658j:plain

 

あなたは誰に評価してもらうまでもなく、そのままのあなたでよく、

 

あなたは特別な人間ではなく、存在の価値としてはみんなと同じ一人であり、

 

あなたはあなただけの個性を持った、かけがえのない一人である。

 

そしてそれは、あなただけでなくみんな同じである。

 

自分に言い聞かせることなく、自然とこのように感じられること。

 

ナルシシズムの脱却とは、このような心境のことだろう。

 

そうした方向へと僕たちを向かわせてくれるツールのひとつが瞑想である。

 

もちろん今そのように感じられなくても何も問題はない。

 

瞑想が熟練しても、そのように感じられない日も多々ある。

 

だから、どうか自分に無理にそのように思わせようとしないでほしい。

 

自分自身の行為が情けなく感じて、自己嫌悪に陥る日だってあるだろう。

 

自分の力に驕り、人を見下すことだってあるだろう。

 

誰かの行為が不快だと感じたら、その人との間に壁を作ることだってあるだろう。

 

そうだとしても、それでいいのである。

 

だって僕たちは聖人君子ではなく、みんなと同じ一人の人間だから。

 

そのように今の自分を飾らずに受け入れられること。

 

それこそが瞑想の恩恵である。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

おまけの旅・信州松本編【放浪記】

前回、東京のハタイクリニックでのアーユルヴェーダ体験をレポートさせていただきました。

 

診察後、東京を後にし、長野県の松本市へと向かいます。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

特急あずさでの移動

 

新宿駅から特急あずさ号に乗ります。

 

f:id:hamamon91:20210228184136j:plain

 

f:id:hamamon91:20210228184230j:plain

 

車内はガラガラです。

 

寂しい気持ちもありましたが、コロナウイルス感染防止という点で見ると安全です。

 

朝からほとんど食事をとっていないので、車内で弁当を食べます。

 

f:id:hamamon91:20210228184629j:plain

 

電車は山岳地帯の真っただ中を走り、山梨県甲府市なども通ります。

 

夕方から夜のはじめにかけての移動だったため、もう外は暗くなりはじめていましたが、車窓からの景色に心癒されました。

 

アーユルヴェーダの施術の効果なのか、車内では気持ちが高揚して落ち着きませんでした(笑)

 

松本市の夜

 

新宿駅から2時間半ほどかけて、松本駅に到着しました。

 

ここには5回目くらいの訪問です。

 

松本駅から東に徒歩3、4分ほどの距離にあるホテルにチェックインを済ませ、食事のため街へと出かけます。

 

コロナウイルスを持ち込まない・持ち帰らない」というモットーのもと、慎重に行動します。

 

もう既に夜7時をまわっていました。

 

コロナウイルス感染拡大防止の影響か、閉まっている飲食店が目立ちました。

 

 

f:id:hamamon91:20210228185202j:plain

 

土蔵の建物が並ぶ「中町通り」に一軒、気になるお店がありました。

 

コロナ対策もしっかりしてそうですし、料理もお酒もまだ注文可能な時間ということなので、入ってみましょう。

 

f:id:hamamon91:20210228191152j:plain

「くろ門」

 

せっかくなので、信州名物をいただきましょう。

 

f:id:hamamon91:20210228191256j:plain

 

馬刺し(写真)と鶏の山賊焼きをいただきました。

 

松本の地酒も飲んで満足です。

 

食後は早々にホテルに戻って就寝します。

 

tabelog.com

朝・松本城散歩

 

翌朝、松本城周辺を散歩します。

 

f:id:hamamon91:20210228192111j:plain

 

ここは僕の大好きな場所です。

 

お城と常念岳などの北アルプスの景色がセットで楽しめるのです。

 

特に冬の晴れた日は、雪をまとった北アルプスがよく映えます。

 

本日も好天に恵まれ、絶景を味わうことができました。

 

昨日のアーユルヴェーダ診断で、ピッタ体質には朝活ときれいな景色の中の散歩が健康にいいのだと先生からお聞きしました。

 

怒りなどで汚れやすい(笑)ピッタ体質の血を浄化するそうです。

 

そういう意味でも、健康的な時間が過ごせたかもしれません。

 

では、そろそろ関西へ帰りましょう。

 

次来るときはゆっくりしたいと思います。

 

f:id:hamamon91:20210228192641j:plain

 

※注意※

当記事はコロナ禍での安易な旅を勧めるものではありません。

僕にとって旅はライフワークです。

感染しない・させない充分な配慮を行っておりますし、万が一感染が起こったときはその結果を自らがすべて負うことを覚悟のうえ、臨んでおります。

 

ハタイクリニックでアーユルヴェーダ体験【放浪記】

東京・目黒にあるハタイクリニックでアーユルヴェーダを体験しましたので、そのレポートをします。

 

今回はコロナ禍での東京行きとなります。

 

緊急事態宣言以前から診察の予約をしており、行くかどうか少し思案したのですが、やはり知的好奇心を優先することとしました。

 

感染予防はしっかり行っていますので、ご安心いただければと思います(笑)

 

ハタイクリニックは、保険診療のいわゆる西洋医学による診察だけでなく、アーユルヴェーダや健康増進・予防医学的アプローチも行っている医院とのことです。

 

『「既存の治療ではうまくいかない」とお悩みの方』(当医院のウェブサイトより引用)も対象とした、ホリスティック医療を提供しているようです。

 

長年、原因不明の不調感で苦しんできた僕としても、非常に共感できるコンセプトであり興味津々です。

 

アーユルヴェーダとは

 

ヨーガなどを実践している方であれば、アーユルヴェーダはご存じでしょう。

 

古代インドに端を発するといわれる伝統医療であり、近年の日本でも主に代替医療や予防医療として注目を集めています。

 

西洋医学では基本的に、その症状のみに注目した対症療法を行うかと思いますが、アーユルヴェーダでは、健康というものをもっと幅広く捉えます。

 

体の健康ももちろん大切にするのですが、そこにとどまらず、生活習慣や生き方にまで話が及ぶこともあります。

 

やはりこれも、過去の記事において触れた「チャクラ」同様、人間や健康というものを総合的に観ているということでしょう。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

また、アーユルヴェーダがとても興味深いのは、その人の「特性」を重視するということです。

 

つまり、その人の変えられない部分については、そのままにして折り合いをつける、もしくは、長所を活かしていくというアプローチを取ります。

 

また、「異常」であれば何でも治そうとするのではなく、その治療が当人にかえって害となる場合であれば、いかに穏やかに終息を迎えられるかという視点で病と向き合うこともあるそうです。

 

「カタチあるものいつか滅びる」という自然の摂理を受け入れた、理に適った生命観であると思います。

 

健康を心身の状態としてだけでなく、人生全体から考えているということで、非常に「東洋的」であると感じます。

 

体験レポート① カウンセリング

 

f:id:hamamon91:20210223102834j:plain

 

では、時間が来ましたので診察を受けましょう。

 

まず、アーユルヴェーダドクターのカウンセリングを受けます。

 

インド政府認定アーユルヴェーダ医師で、インドでも診療をなさってたという及川先生です。

 

こちらの医院は、「岐阜ヨガの家」でのアーユルヴェーダ講座で講師をなさった成川 希先生から紹介していただいたのです。

 

成川先生から、及川先生は非常に深いところまで診察してくださる方だとお聞きしていました。

 

カウンセリングでは、今回の主目的について、今後の健康維持のために自分の体質(ドーシャ)が知りたいのだとお伝えしました。

 

また、長年悩んでいた、医学的に解明できない不調感についても尋ねてみました。

 

1時間ほどのカウンセリングだったでしょうか。

 

ライフスタイルだけでなく、生い立ちや家族関係なども聞き取り内容の中に含まれました。(ここは人によって違うかもしれません。)

 

僕の体質(ドーシャ)は、ピッタ(火)が強く、カパ(水)もあるということでした。

 

また、長年の生きづらさについても、本質に迫るヒントをいただきました。

 

僕の経験と先生の話から、生き方や魂のレベルの問題であるというように受け止めました。

 

先生からは、「今後はあなたが自分のためにしてきた取り組みを、他者のために還元してみてはどうか。それがあなたの(広義の)健康につながるはず」とアドバイスをいただきました。

 

本当に奥の深いカウンセリングに驚き、また納得しました。

 

体験レポート② アビヤンガ

 

カウンセリングのあとは施術です。

 

アビヤンガと言われるオイルマッサージを受けました。

 

全身にオイルをたっぷり塗ってマッサージをしていただきます。

 

その後、あおむけになった状態で、つま先から首まで覆われるような蒸し器(笑)に入ります。

 

スチームサウナのようなかんじでしょうか。

 

下から蒸気が昇り、身体がほどよく熱くなります。

 

充分に汗をかいたあと、再び横になり、額にたっぷりオイルを垂らす施術を受けます。

 

これはシローダーラ―といって、アーユルヴェーダでは有名なもののようです。

 

この一連の施術は非常に心地良いものでした。

 

 

ハタイクリニックのウェブサイト

www.hatai-clinic.com

 

結び

 

アーユルヴェーダの奥深さを味わわせていただきました。

 

関西から東京まで足を運んだ甲斐がありました。

 

保険外診療なので、お値段は人によっては「高い」と感じるかもしれません。

 

僕の人生を大きく開くきっかけを与えてくれたマインドフルネスは、西洋の科学と東洋の叡智の融合です。

 

医学もまた、西洋と東洋の融合のなかに、大きな可能性があると僕は感じています。

 

最近は病気予防や健康維持の大切さが見直され、東洋医学が注目されているように思います。

 

それはとても喜ばしいことだと僕は思っています。

 

しかしやはり、人や状況によっては東洋医学だけでは避けられない病もあると思いますし、症状への応急処置については、西洋医学は非常に効果的だと思うのです。

 

どちらか片方だけが良いと安易に考えるではなく、西洋医学東洋医学を両輪として、状況に応じてその長所を活かす。

 

そうした医療がスタンダードとなる時代がまもなく来ると思いますし、もうその兆候はあるのかもしれません。

 

それは、僕たち医療を「使わせていただく」側の意識にこそ、かかっているのかもしれません。

 

(次回はおまけの信州・松本放浪記をお届けします(笑))

 

しのぶ かつのり氏

f:id:hamamon91:20210211193523j:plain


今回は、僕が人生において多大なる影響を受けた方をご紹介したいと思います。

 

生きづらさ専門カウンセラーの しのぶ かつのり氏 です。

 

しのぶ氏は現在、東京でカウンセリングルームやワークショップなどをされています。

 

僕も以前、しのぶ氏のカウンセリングを受けたり、氏が主宰するイベントやオンラインサロンに参加させていただいたことがあります。

 

心の敏感さは努力によって変えることができない

 

僕はこのブログにおいて、一貫して「感じ方は絶対のものさし」と申し上げています。

 

これは、その時々の「感じ方」は自分にとって絶対不変のものであり、それこそ信じるに値するものであるという主旨の言葉です。

 

僕にとっては、誰かが決めた相対評価の世界から、自分自身で感じた絶対評価の世界へと視点を移すきっかけとなった洞察です。

 

この洞察の裏付けとなったのが、しのぶ氏の理論です。

 

それは、僕の言葉で要約すると、「心の敏感さには大いに個人差があり、それは努力で変えられるものではない」というものです。

 

ここでは詳細の説明は割愛しますが、脳の扁桃体という器官が大いに関係しており、脳科学的にも説明がつくものであるそうです。

 

何だかこのように聞くと、救いがないように感じられた方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、しのぶ氏がおっしゃっているのは、それに甘んじようということではないのです。

 

むしろその逆です。

 

変えられない心の敏感さを抱えたまま、環境に合わせる努力をするのではなく、自分の心の敏感さを基準にして、生きる環境を選んでいこうというものです。

 

それとほぼ同じことを、僕もこのブログでお伝えしています。

 

この理論は、僕の視点を大きく開かせるきっかけを与えてくれました。

 

「自分を変える努力」の泥沼から足を洗い、真の意味で、自分に合った生き方へと目を向けられるようになったのです。

 

しのぶ氏の理論の詳細は、その著書に記されています。

 

根深い生きづらさを感じる方、これまで心理読み物を何冊も読んで実践したが余計に苦しくなったという方には、気づきのきっかけとなるのではないかと思います。

 

 

脱世間起業

 

また、しのぶ氏は人間関係が苦手な人に向けて、「脱世間起業」という働き方も提唱されています。

 

これは、世間との接点を小さくしながら、なるべく元手をかけずに自分の「できること」で起業するというものです。

 

どんなに努力しても職場に適応できずに苦しんでいるという方や、そもそも組織で働くことが無理という方には、ひとつの有効な選択肢ではないでしょうか。

 

これからの時代にもマッチした働き方だと僕も思っています。

  

しのぶ氏のwebサイト

brain-soul.com

 

サイトには無料のコラムも多数あり、これが非常に読みごたえがあるのです。

 

僕も参考にさせていただいています。

 

世間の価値観を超えた生き方を提案する取り組みは、生きづらさを感じる人にとって、非常に勇気づけられるものではないでしょうか。