「本質」で生きるマインドフルネス

真の自由とは、「本質」のあなたで生きること

マインドフルネス的 情報との接し方【コロナウイルスの蔓延を受けて】

現在、世界ではコロナウイルス感染拡大の情報で持ち切りになっており、皆さんの中には不安や恐怖に心乱れている方も多くいらっしゃるのではないかと思います。

 

まずは、症状に苦しむ皆さんに、心よりお見舞い申し上げます。

 

亡くなられた方にはお悔やみを申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。

 

また、現場の最前線で従事されている医療スタッフの皆さん、お勤めお疲れ様です。

 

僕はこのブログにおいて、世間のニュースについて言及することは極力避けてきました。

 

というのも、僕にとって現代社会は過剰すぎるほど情報に溢れています。

 

ただでさえ情報過多なのだから、「自分はこうだと考える。」と信念を持って言える意見でないと、興味本位の野次か混乱の素を増やすだけになってしまうと感じるからです。

 

しかし、今回のコロナウイルスの件については、「どのように情報に臨むのか。」という姿勢について、マインドフルネスの観点からお伝えできることがあると思います。

 

皆さんの不安や恐怖を少しでも軽減する一助になれば幸いです。

 

「全体性」が大切

 

マインドフルネスでは、ものごとの「全体性」というものを重視します。

 

「全体性」とは何でしょうか。

 

ひとことで言えば、「それのみが全てではない。」と気づくことです。

 

ますます「何それ?」って感じでしょうか(笑)

 

例えば、体の一部が重篤なガンに侵されているとします。

 

「もう自分の人生は終わったのだ。」

 

恐らく大抵の方が、非常に大きな絶望感に襲われることでしょう。

 

もちろん、それは当然の心の動きであると僕も思います。

 

その苦悩たるや、余りあることかとお察しします。

 

しかし、実際に自分の体に注意を向け、冷静に観察してみると、ガンに侵された箇所以外の大半は無事であることに気づくのではないでしょうか。

 

これが「全体性」というものです。

 

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コロナウイルスの情報のみが世界の全てではない。

 

では、この「全体性」を今回の件に当てはめて考えてみましょう。

 

今、メディアやインターネットではひっきりなしにコロナウイルスの情報が流れています。

 

何だか、そんな情報にばかり触れていると、この世界にはそれ以外にニュースはないのかと錯覚してしまうかもしれません。

 

しかし、実際はどうでしょうか。

 

コロナウイルスの恐怖のみが、世界の全てではないのです。

 

コロナウイルスが蔓延していたとしても・・・

 

太陽は東から登り、西に沈んでいきます。

 

花見の自粛に関わらず、桜は咲き、散っていきます。

 

鳥はさえずっています。

 

愛するあなたのパートナーは、ベランダで洗濯物を乾しています。

 

そして地球は回り続けています。

 

もし、あなた自身にまだコロナウイルスへの感染が確認されておらず、症状も出ていないのなら、ニュースがどうであれ、あなたの日々の生活は続くのです。

 

もちろん、大なり小なり、生活への影響はあるでしょう。

 

しかし、ありがたいことに、まだ日本では、スーパーやコンビニに行けば、食料品や生活雑貨は買えます。

 

蛇口をひねれば水は出ます。

 

ガスや電機だって使えます。

 

何よりまだ命があります。

 

そのおかげで僕もこうしてブログが書けるわけです。

 

暗いニュースしかないように感じるかもしれませんが、今日の夕食がおいしかったり、入浴して気持ちよかったり、読んだ本や閲覧した動画が面白かったりと、「快」の刺激となる素は、実際にあちこちに存在しているのです。

 

何も僕は、「だからそれらをありがたがりなさい。」などと無理して感謝することを勧めているわけではありません。

 

むしろこんなときに、それらに素直に感謝できなくても当然でしょう。

 

あなたが非常に強い恐怖に囚われている場合、「快」を感じにくくなっている(もしくは感じなくなっている)という可能性もあります。

 

しかし、あなたがどう感じるかとは関わりなく、それら自体は存在しているのです。

 

それは紛れもない事実なのです。

 

不安や恐怖はあって当然

 

しかし、ここで大事なことをひとつ付け加えておきたいと思います。

 

僕は、暗いニュースから無理に目を逸らして能天気に振舞うのもまた、「全体性」の認識を欠いた行動だと思います。

 

それは単なる「やせ我慢」ではないでしょうか。

 

僕が言いたいことはむしろその逆です。

 

実際にコロナウイルスは世界に蔓延しており、数字上では確認される感染者もどんどん増えています。

 

恐らくこれもまた事実なのでしょう。

 

自分や家族もいつ感染するかも分からない。

 

もしかしたら、単に症状が出ていないだけで、既に感染しているかもしれない。

 

不安や恐怖を感じて当然ではないでしょうか。

 

その感情を押し殺す必要はないのです。

 

不安や恐怖の感情やその対象について、存在を認めること。

 

しかし同時に、それらのみがものごとの全てではないと気づくこと。

 

そして、もし可能であれば、それら以外にも注意を向けてみること。

 

情報に溢れた現代において、情報に振り回されずに冷静に行動するためには、こうした姿勢が必要ではないでしょうか。

 

これはコロナウイルスに限らず、全ての情報との接し方において共通していることかもしれません。

 

 

【p.s】

もうひとつ、付け加えたいと思います。

 

不安だからとむやみに情報を得ようとすると、何が本当かますます分からなくなり、かえって不安が増幅するかもしれません。

 

参照する情報を、出処が信頼できるものに絞ることをお勧めします。

 

僕の場合は、なるべく厚生労働省等の公的情報のみ見るようにしています。

 

ただ聴く ~共感力の高め方~

前回、メンタルヘルスにおいて、「共感力」が大切であると述べました。

 

「共感力」とは、異なる価値観や考えを受け入れる度合いであり、これは日常生活の中で高めることができるのです。

 

今回は、その方法をお伝えしましょう。

 

 前回記事

hamamon91.hatenablog.com

 

 

では、どのようにして「共感力」を高めるのか。

 

それは、人の話を「聴く」ことです。

 

「共感力」を高めるうえで、「聴く」ことが非常に有効であるということは、アドラー心理学森田療法や、エーリッヒ・フロム著の「愛するということ」など、様々な心理メソッドにおいて共通して語られていることです。

 

愛するということ 新訳版

愛するということ 新訳版

 

 

「聴く」ということを難しく考える必要はない。

 

コミュニケーションに苦手意識がある人ならば、人の話を「聴く」ということを難しいものと考えるかもしれません。

 

しかし、その必要はありません。

 

自己啓発本やコミュニケーションマニュアルにあるような、「聞き上手」を目指す必要はないのです。

 

コミュニケーションに困難を感じているあなたが、名インタビュアーや阿川佐知子さんのようになんてなろうとしなくていいのです。

 

本当に相手の話をただ「聴く」だけでいいのです。

 

相手の話の内容は理解できなくても構いません。

 

むしろ、理解しようと努力しないほうがいいでしょう。

 

また、相手の話の内容に同意も納得もできなくてもいいのです。

 

相手の話の内容が好きでも嫌いでも関係ありません。

 

ただ、相手の話に耳を傾け、話の内容に関わらずあいづちを打つ。

 

本当にそれを続けるだけでいいのです。

 

気の利いたコメントは不要です。

 

むしろ、こちらはなるべく話そうとしないほうがいいとすら、僕は思っています。

 

騙されたと思って一度試していただきたいのですが、こちらは一言も話さないで、相手の話にただあいづちを打ち続けてみてください。

 

それだけでも会話は成立しますから。

 

沈黙で会話が終わるのは気まずいと思うかもしれませんが、相手が話し終わった後で「なるほど」とあいづちを打つだけで、会話は静かに収束していくものです。

 

とにかく余計なことは話さないことをおすすめします。

 

慣れるまでは何か物足りなくて不安かもしれません。

 

しかし、相手の話になるべく口を挟まず、忍耐強く相手の話を聴き続けることで、あなたは少しずつ、「共感力」が高まるということの真意を体感することとなるでしょう。

 

そして、嫌いな人との会話や興味のない話に対しても、抵抗なく耳を傾けることができるようになるでしょう。

 

共感力

しばらく心理や瞑想に関する記事を投稿していませんでしたので、久しぶりに・・・

一応こちらがこのブログの本分ですからね(笑)


メンタルヘルスにおいて、「共感力」が重要であることは、様々な心理の専門家も述べていることと思います。

僕もご多分に漏れず、それに同意見です。

「共感」とは、相手の立場や考えを理解しようとする態度で、「共感力」とはその度合いです。



「共感力」は、アドラー心理学で「共同体感覚」と呼ばれるものとほぼ同義で、これが高いと他者の異なる価値観を受け入れやすくなります。

「共同体感覚」に興味がある方は、ネットなどでお調べいただければと思います。

僕の言葉で「共感力」を簡単に説明すると・・・

「自分とは異質の存在に対する許容量」といったかんじでしょうか。

異質の存在と一言で表しましたが、これは自分と違う考えや価値観の人々と言い換えても差し支えはないでしょう。


どうでしょう?

こう聞いて、簡単だと思いましたか?

正直、僕にはとても難しいことのように感じてしまいます。



しかし、ここで僕が強調したいのは、「許容」というものをなるべく簡単に捉えてみましょうということです。

手放しで100%相手に身を委ねなくては、なんて身構えなくていいのです。

許容するうえでポイントとなるのは、

(1)対象の好き嫌いは問わない。
(2)とりあえず存在を許容すればよい。

ということです。


ポイント(1) 対象の好き嫌いは問わない。

自分とは異質の存在を許容するとはいっても、それを好きになる必要はありません。

もちろん、好きであるに越したことはないのですが・・・

嫌いなら嫌いで構わないのです。

無理に好きになろうとしなくていいのです。

そんな努力、キツいでしょう?

好き嫌いが問題の本質ではないのですから。


ポイント(2) とりあえず存在を許容すればよい。

仮に嫌いだったとしても、存在だけは認める必要があります。

存在の排除は、いわゆる「仲間外れ」というやつで、意図的にこれを行うと「共感」からはかけ離れてしまうこととなります。

存在を認めるとは・・・

私は彼が嫌いだ。

しかし、存在ぐらいはしてもいいよね。

とりあえずこんなかんじでいいのではないでしょうか。

もし、まだ存在してもいいと認められないなら、存在しているという事実を認めるところから始めてもいいでしょう。

私は彼が嫌いだ。

しかし、彼は実際、存在している。

嫌だけど。

・・・まずはここからです。

今はそれさえも認められないとしても、自分を責める必要はありません。

許しているかどうかというのは、結果としての状態です。

今、「許していない」という状態をすぐに「許している」という状態に変えることはできないのです。

人の心はオセロゲームの白黒のように、簡単にひっくり返せるものではないのです。

ですが、時が来れば、きっと受け入れられることでしょう。

それまでは、受け入れられないという事実を受け入れてみましょう。

受け入れられない自分を許してあげましょう。


hamamon91.hatenablog.com

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これは僕の持論ですが、「共感力」は体の硬さと同じように、生まれ持った個人差が如実に出るものと思います。

体が柔らかいほうがケガしにくいのと同じで、「共感力」が高いほうが何かと生きやすくはあるでしょう。



巷の心理読み物などを読めば、皆が皆、努力をすれば同じように「共感力」の高い人間になれると感じるかもしれません。

しかし、実際のところは、同じストレッチをしても180度開脚できる人もいれば、50度くらいまでが限界の人もいます。

だから、他の人は受け入れられていることであっても、自分には許せないということは、十分あり得ることです。

180度開脚できる人が50度まで開脚できる人よりも人間的に優れているなどということはありません。

だから、何も恥じる必要はありません。

少しずつ、自分のペースで「共感力」を高めていけばいいのではないでしょうか。



「共感力」は日常生活の中で高めることが可能です。

それは、特別なトレーニングをしなければいけないというわけではありません。

皆さんが日頃やっていることを、やや意識して行えばいいのです。

それは何か・・・

次回、お話ししたいと思います。

水仙の思い出

庭に水仙が咲いている。

  

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僕は水仙を見ると、隣に住んでいたばあちゃんを思い出す。

 

ばあちゃんといっても、血のつながりのある祖母ではなく隣人だ。

 

気が強く、世話焼きで、声が大きく、滑舌もはっきりしていて、まさに元気な人だったと記憶している。

 

母はよく「あの人はいい人なんやけどおせっかいやからなあ。」とこぼしていたが、僕にとっては優しいばあちゃんだった。

 

僕のこともよく気にかけてくれていて、朝、出勤する僕に隣の庭から声をかけてくれたりもした。

 

ちょうど6年前の今頃、僕は肝臓の一部を切除する大きな手術をした。

 

退院したとき、ばあちゃんは僕の体を気遣い、家に招いてコーヒーを振舞ってくれた。

 

そして、僕を元気づけるためだろうか、ばあちゃんの庭に植わっていた水仙を切って僕にくれた。

 

僕は水仙の匂いが苦手だったのだけど、そのときはばあちゃんの優しさが身に染みてうれしかった。

 

ばあちゃんは80歳を過ぎても変わらず元気だったので、この人はいくつまで生きるんだろうと思っていた。

 

しかし、その2年後、ばあちゃんは病で亡くなってしまった。

 

詳しい病名などは聞いていないけど、ばあちゃんは亡くなる数日前まで自分で雨戸を開け閉めしていた。

 

ご家族の話では、本人には病名や余命のことは伝えていなかったようだ。

 

でもばあちゃんは最期まで凛としていた。

 

亡くなった直後、仏様になったばあちゃんを拝みに行った。

 

当たり前なんだけど、あの元気なばあちゃんは、静かに眠っていた。

 

たしかばあちゃんが天に召されたのは、4年前のちょうど今ぐらいだったな。

 

水仙が咲くこの季節は、どこか切なく温かい。

 

名水を求めて大野へ【放浪記】

2月某日に行われた岐阜・福井2泊3日の旅も、いよいよ最終日となりました。 

 

さて、郡上市で食を満喫した後は、西進して油坂峠を越え、福井県に入ります。

 

目的地は福井県大野市です。

 

 前回記事

hamamon91.hatenablog.com

 

 前々回記事

hamamon91.hatenablog.com

 

~三日目・福井県大野市

 

この冬一番の寒波が来たようで、 大野市までの道中の気温は氷点下。

 

雪が降り積もります。

 

福井県大野市

 

県庁所在地の福井市から東へ約25kmほど離れた、北陸の小京都と呼ぶにふさわしい美しい城下町です。

 

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街のシンボル・時鐘(手前)と、天空の城として最近注目の越前大野城(奥)

 

僕はこの街も、静かで穏やかな雰囲気が好きで、何度か訪問しております。

 

実はここも、僕の移住候補地のひとつなのです。

 

名水の町

 

ここに来た目的は・・・

 

ズバリ、湧き水を汲むためです。

 

ここ、大野市には各所に霊峰・白山からの伏流水が湧き出しています。

 

(僕は白山も何かと縁があるなあ・・・)

 

その中でも水汲み場として特に有名なのが、「御清水(おしょうず)」です。

 

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ここで水が汲めます。

 

岐阜県郡上市八幡同様、ここも住民が生活用水としてこの美しい湧き水を利用しています。

 

もちろん、この水は飲むことができます。

 

僕は水の味はあまり分からないのですが、ここの水は柔らかくまじりっけがなく、本当においしいと感じます。

 

しっかりペットボトルに5リッターほど詰めさせていただきました。

 

自然の恵みと白山菊理姫様に感謝いたします。

 

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花垣酒造

 

水を汲んだら昼食を摂って速やかに帰ろうと思っていたのですが、途中で目を引く酒蔵の前を通ります。

 

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「南部酒造場」

 

上品な蔵で、併設された販売所も清潔さを感じ、非常に気になりますので、ちょっと入ってみることにします。

 

後で知ったのですが、こちらは大野市では有名な「花垣」というお酒を醸す酒蔵だそうです。

 

販売所内はそれほど広くなく、陳列されている酒も多くはないと思ったのですが、とにかく洗練された気品を感じました。

 

温厚な雰囲気の店のおじさん(ひょっとして社長さん?)のアドバイスも聞きつつ、お土産の酒を購入しました。

 

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福そば 本店

 

お土産のお酒も買ったところで、昼食を摂って帰路に就きましょう。

 

というわけで、さきほどの酒蔵のおじさんに聞いたところ、蔵の近くにあるそば屋がおすすめということでした。

 

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「福そば 本店」

 

平日だったためか、昼食時でも店内は空いており、座敷でくつろぐことができました。

 

とろろそばをいただきます。

 

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そばはもちろんおいしかったのですが、僕が驚いたのは、そばと一緒に一品で頼んだ「さといも煮っころがし」です。

 

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ほくほくしていて、さといも特有の臭さやえぐさを感じませんでした。

 

ここ大野市はさといもの産地で、「上庄さといも」と呼ばれるブランドで全国的にも有名なのです。

 

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そば処 福そば本店

福井県大野市元町11-4

営業時間 11:00~14:00

TEL:0779-66-2930

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締め ~奥美濃・奥越は「水よし・人よし・空気よし」~ 

 

さて、2泊3日の岐阜・福井の旅の記録もここで締めくくります。

 

今回巡った郡上市大野市は、どちらも白山からの清流の恵みを受けた町です。

 

美しい水・穏やかな「氣」・おおらかな人の心を肌で感じることができました。

 

やはり奥美濃・奥越は、僕にとって「感じる」土地なのです。

 

 

3回に渡って個人的な旅行記にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

(岐阜・福井の旅 完)

 

 

郡上を食す!【放浪記】

2月某日、2泊3日で敢行した岐阜・福井の旅2日目です。 

 

さて、前回、岐阜市で岐阜移住の足掛かりとなる賃貸物件を探しましたが、残念ながら契約見合わせとなりました。

 

 前回記事

hamamon91.hatenablog.com

 

この度は、その足で岐阜市から郡上市に移動しました。

 

僕がこのブログの中でも、魂のふるさととして足繁く通っているとお伝えしている郡上市です。

 

~二日目・岐阜県郡上市

 

郡上市平成の大合併で、郡上郡の7町村が合併して市となりました。

 

なので市となった現在でも、かつての町村であった八幡、大和、白鳥、高須、美並、明宝、和良の7つのエリアに分けられます。

 

その中で、「郡上踊り」で有名な八幡の知名度が全国的に高いと思います。

 

僕も郡上市に通い出した当初は、八幡を訪問していました。

 

しかし、段々と八幡の北30kmほどにある白鳥(しろとり)に訪れるようになります。

 

八幡は観光地としての色合いを濃く感じていたのですが、白鳥は素朴な農村で、僕はそこに生活の場としての魅力を感じたのです。

 

また、僕はここ白鳥には、心地よい「氣」を感じるのです。

 

これについてはまた後述できればと思います。

 

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白鳥橋から大日ヶ岳を臨む。
 

 

オーガニックカフェ 嘉利

 

今回は白鳥の「オーガニックカフェ 嘉利(かりぃ)」で夕食をいただきました。

 

こちらはヴィーガン料理のオーガニックカフェです。

 

僕はこれまで何度か訪問しています。

 

ヴィーガン料理といっても薄味ではなく、しっかりと味付けがされていると感じます。

 

今回、僕が住んでいる関西の日本酒を手土産として持ち寄り、予算3000円~5000円で日本酒に合う居酒屋メニューを作ってほしいというリクエストに応えていただきました。

 

無農薬の野菜等を使った、メニューに載っていないコース料理を日本酒とともにいただき、至福のときを過ごしました。

 

ところでこちらのカフェは、料理がいただけるだけでなく、スーパーマーケットでは置いていないような健康食品等が購入できます。

 

また、ここではスピリチュアルの講演等のイベントや、パワーストーンの販売も行っています。

 

こちらのマスターは、スピリチュアルに深い造詣のある方なのです。

 

もちろん料理を頂くのが楽しみなのですが、僕はマスターとスピリチュアルについて話をするのもここでの醍醐味なのです。

 

僕の地元の関西ではスピリチュアルの話題で会話ができる人がいないので。

 

また、マスターは愛知県から白鳥に移住しており、同じ白鳥で移住を目指す僕にとっては経験談が聞けるありがたい先輩でもあるのです。

 

僕がこちらのカフェを知ったのは、実はつい昨年の夏のことで、もともとはアイヌの文化をインターネットで調べていた時に、たまたまこちらのマスターのブログにヒットしたのです。

 

その内容に引き込まれ、読み進めてみると・・・

 

なんとこちらのカフェが郡上にあると知ってびっくり。

 

これはぜひ行ってみようということになり、今に至ります。

 

これもまた縁ですね。

 

ヴィーガン料理に興味がある方も、スピリチュアルに興味がある方も、足を運ばれてみてはいかがでしょう。

 

(今は土日のみの営業とのことです。)

 

↓↓「オーガニックカフェ 嘉利(かりぃ)」サイトへのリンク

www.kally-organic.com

 

 ↓↓僕が初めにアイヌ調査でヒットしたマスターのブログはコチラ

嘉利マスターが綴る 白山麓・磐座探訪記

 

居楽処 えん

 

さて、今回はグルメブログと化しました。(笑)

 

もう一軒、白鳥の「ウマい店」をご紹介しましょう。

 

「居楽処 えん」

 

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ここも僕が白鳥を訪れる際にはよくお世話になるお店です。

 

地元の若い子やファミリー客が利用しているであろう、リーズナブルな居酒屋です。

 

料理は結構ボリュームがある割に、丁寧かつ繊細さも併せ持っている印象です。

 

お値段も割安だと思います。

 

だいたいいつも、僕はお酒を飲んでも2000円台でお腹いっぱいになります。

 

メニューによってはミニサイズにしてくれるので、僕のようなおひとり様でも行きやすいお店です。

 

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サーモン納豆丼(左)と岐阜名物・けいちゃん(右)

 

 

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居楽処 えん

〒501-5121

岐阜県郡上市白鳥町白鳥426−6

営業時間 17:00~0:00

TEL:0575-82-2313

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・・・お腹が膨れたところで、郡上の夜は更けていく。

 

月が美しい夜だったので、誰もいない白鳥神社の境内で月礼拝を行いました。

 

頬をなでる冷気が清々しかったです。

 

 

(~三日目・福井県大野市~に続く。)

 

岐阜移住の足掛かり【放浪記】

2月某日、2泊3日で岐阜~福井を旅してきました。

 

僕の個人的な旅行記になりますが、お付き合いいただけましたら幸いです。

 

~一日目・岐阜県岐阜市

 

岐阜市で物件を探す。

 

さて、今回は岐阜市に賃貸物件を探しにきました。

 

僕は現在、サラリーマンとして関西に在住しています。

 

来年度の休日に「岐阜ヨガの家」で集中講座を受講することを契機に、月2回ぐらい岐阜市に来ることとなりました。

 

そこで、岐阜市にセカンドハウスを借りようと考えたのです。


・・・なぜ??

 

僕は近い将来、サラリーマンを辞めて岐阜県郡上市に移住することを計画しています。

 

この度の賃貸契約は、来る岐阜移住の足掛かりとするためです。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

僕と岐阜との縁

 

僕は以前から岐阜に縁がありました。

 

今から10数年前。


職場でのストレスに端を発する鬱を癒すために、郡上市で毎夏に開催される「郡上踊り」に参加したことが、岐阜との本格的な縁の始まりでした。

 

郡上の自由でおおらかな雰囲気に魅せられ、それ以後毎年のように通うようになりました。

 

なんだかここに来ると、自然体の自分に近づけるように感じるのです。


 

hamamon91.hatenablog.com 

 

身を置く環境は大事だと気づく。

 

それからも関西でサラリーマンを続けてきましたが、計3回、精神を病んで休職しました。

 

僕はずっと、自分の努力不足だけが原因でこうなるのだと自分を責めてきました。

 

自己啓発本などに書いてある「どんな環境でもあなた次第で適応できる。」という言葉を信じたためです。

 

しかし、どんなに努力をしても、根本から事態が改善される兆しはありませんでした。


その後、マインドフルネスの実践で、感じ方は千差万別であること・努力には限界があることを体感したため、これは自分の努力不足だけが原因ではないんだと感じるようになりました。


そこで、ひとつの疑問が生じます。


じゃあ、何が原因なのか?


もちろん、仕事が合っていないということは往々にしてあるでしょう。


しかし、直感的に、本質はそこではないような気がしていました。


今、住んでいる関西の地域柄(雰囲気・価値観)が、自分には合っていないのではないか?

 

そう思うようになりました。


関西と言っても広いので、一概には言えないのですが、僕の住むところは比較的にペースが早く、物質的価値観が強いように感じていました。


それに合わせるのがしんどいのです。


もちろん、これは安易にレッテルを貼りたくて言っているわけではなく、あくまで僕が肌で感じた傾向としめ、簡略化して述べているものだと理解してくだされば幸いです。


僕は日本各地を生活者目線で旅してきましたので、同じ日本であっても地域によって価値観や雰囲気が大きく異なるということを薄々感じていました。

 

そうした経験によって、関西ではなく郡上の雰囲気が自分の本質に合っているのだと確信するに至りました。

 

そこから、本気で郡上に移住しようと決意したのです。

 

まだときではないようだ。

 

美濃善不動産で物件をあっせんしていただきました。

 

3件、条件に合致した物件があったので、担当者さんといっしょに下見に行ってきました。

 

うち、1件は好条件で非常に魅力的だったのですが・・・

 

現地を見学した際に違和感があり、「今はやめておいたほうがいい。」という結論に達しました。

 

その部屋の間取りや雰囲気が、昔、幸福感を感じられなかった時期に住んでいたハイツに似ていたのです。

 

僕はこういう直感は大事にしようと決めています。

 

どうやらまだ流れが来ていないらしい・・・。

 

残念ながら、今回は契約を見合わせることとしました。

 

いずれ必ずときは訪れる。

 

そのときまで、しっかり準備を進めておくこととしよう。

 

担当者さん、今日は同行と丁寧な説明をありがとうございました。

 

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(~二日目・岐阜県郡上市~に続く。)