本質で生きるマインドフルネス

瞑想おじさんの自己解放記

「存在していること」をよしとする生き方

どんなに達成しても、満たされない。

 

そんな生きづらさに苦しんでいるのであれば、「存在していること」をよしとする生き方にシフトしてみてはいかがでしょうか。

 

それはどのような生き方でしょうか。

 

達成しても満たされない人は、自分の存在そのものに対して価値を感じていないのではないでしょうか。

 

何かを達成した自分ではないと価値はない。

 

そう思っているのではないでしょうか。

 

存在そのものに対して価値を感じるとはどういうことでしょうか。

 

それは、自分の状態に大きく左右されない心ということです。

 

当然のことながら、自分にとって望ましい状態であるかないかで、気分に多少の変化はあるでしょう。

 

だからといって、自分にとって望ましくない状態の自分を否定まではしません。

 

これは、小手先のポジティブシンキングで身につくものではないと私は思っています。

 

(もちろん、それがうまくいく人もいるかもしれませんが。)

 

というのも、自分の思考がコントロールできているように見える部分は、意識のほんの表層だからです。

 

だから、いわゆる「深層意識」と呼ばれる大半のコントロールできない部分が納得しないかぎり、そのような考えにはならないのだと思います。

 

そのためには、考え方をいじくるよりも、実感することが大切なのではないでしょうか。

 

いざ、実践

 

まずあなたが自分の存在を感じることが必要になってきます。

 

特に決まりはないと思いますが、毎日最低15分~20分、何もせずに座り、または横になり、自分自身に意識を置く時間を設けてみましょう。

 

自分自身のどこに意識を置くのがいいでしょうか。

 

私は、あなたがしっくりくるところであればどこでもいいと思っています。

 

丹田のあたりでも、胸でもいいし、体全体でもいいでしょう。

 

実は、体の部位でなくてもいいのです。

 

自分の心でもいいし、外界の音でもいいと思います。

 

もし、どこがしっくりくるかわからないのであれば、はじめのうちは呼吸に意識をおくことをおすすめします。

 

ここで注意をしていただきたいのは、集中しようともリラックスしようともしないことです。

 

ただ、自然に地に体を乗せているかんじです。

 

姿勢は、だらけない範囲であなたにとって心地のいい姿勢でいいと思います。

 

意識を置く感覚がわからないうちは、目をつぶって座っている、または横になっているだけでもいいかもしれません。

 

また、意識して呼吸をコントロールする必要もありません。

 

ただ、そこにいるだけでいいのです。

 

様々な思考・感情・感覚が沸いてくるかもしれません。

 

それらを極力、追い払おうとしたり、消そうとしたりしないことです。

 

不快かもしれませんが、それらをなるべくいじくろうとせず、ただ眺め続けるのです。

 

自分の思考に意識が飲み込まれたときは、ただ淡々と、呼吸などそれまで意識を置いていたものに再び意識を置きなおします。

 

これを繰り返します。

 

※不快さが大きすぎて耐えられないときは、迷わず瞑想を中止しましょう。

 

結果は副産物

 

これを毎日続けると、少しずつ自分の感覚が研ぎ澄まされていくでしょう。

 

また、不快さにいちいち反応する機会も減ってくるでしょう。

 

しかし、なかなか期待したような結果はでないかもしれません。

 

ここでお伝えしたいことは、結果はあくまで副産物だということです。

 

自分自身に意識を置く時間をなるべく毎日設けること。

 

このこと自体に意味があるのだと私は思っています。

 

あなたが自分自身を常に観察しているような感覚になれば、日々の生活そのものが瞑想になるでしょう。

 

そうなれば、あなたはなお一層、自分の存在を感じられるようになるでしょう。