本質で生きるマインドフルネス

努力に疲れたあなたに贈る逆説的・幸福論

やる気なし宣言【やる気なしヨーガレポート②】

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やー、どもども。

 

hammerです。

 

先日はじめたヨーガの集中実践、ちゃんとやってますヨ。

 

で、ヨーガの効果かどうかはわかりませんが、なんだかやる気のなさが心地よく感じられるようになってきましたので、ここに心の声を記しましょう。

 

暇つぶし程度にお付き合いいただけましたら幸いです。

 

ではどーぞ。

 

 

 

(以下、心の声)

 

僕は勝手に今世の寿命が何歳かを決めています。

 

一応僕なりの根拠はあるのですが、説明するのがめんどいのでやめておきます。

 

今がだいたいその折り返し点ぐらいです。

 

特に振り返ろうと意識しなくても、自然と半生が思い起こされます。

 

ここ4年ほど、それまでの生き方に限界を感じたため、自分自身との関わり方を見直していました。

 

それによって、ライフスタイルや意識は根本的に変容していきました。

 

それまでは「何かを達成しなければならない」と考えて、全力で生きてきました。

 

それは濃密な時間ではありましたが、やはりキャパオーバーでした。

 

本音はそんなにお金とか成功とか要らないんで、楽に生きたいのです。

 

楽というのは、誰かが決めた基準による楽ではありません。

 

誰かと比べての楽でもありません。

 

好きなことだけやるとか、嫌いなことはいっさいやらないとか、そんなライフスタイルでもありません。

 

ただ自分の感じ方に基づく絶対的な楽。

 

その中で生きていくのです。

 

これまでじゅうぶん頑張ってきました。

 

おかげさまで物質的な面においては、自分にとって本当に欲しいと思うものはすべていただきました。

 

乗りたい車にも乗れましたし、欲しかった時計も買えました。

 

僕にとっては分不相応なほどの学歴も、授けていただきました。

 

支えてくださった皆様には心より御礼申し上げます。

 

しかし、そのぶん相当無理してました。

 

自分を痛めつけていました。

 

当時の自分が良いとか悪いとかではなく、それがそのときのベストだったのです。

 

まあそんなかんじで、物質的価値観に基づく努力はやり尽くしました。

 

もうこれ以上できないというほどさせていただきました。

 

僕は既に一生分頑張ったつもりです。

 

そして、何かを達成するために行う努力では、一生満たされないことを悟りました。

 

だからもう頑張りません。

 

実際にやる気のなさを受け入れてみると、とても心地がいいものであることに気づきました。

 

やる気はないのに体はスムーズに動くという、不思議な感覚。

 

なんて楽なんだ。

 

本当は僕が今までやる気だと思っていたものは、野心に由来した力みだったのかもしれません。

 

もちろんそれもまた、当時の最善策だったのですが。

 

いずれにせよ僕には・・・

 

なるべき自分などございません。

 

これ以上獲得すべきものは何もございません。

 

行くべきところもどこにもございません。

 

だからといって、同じ場所にしがみつくつもりもございません。

 

とりあえず起きてくることに抵抗せず、今できることをやり続けて、今耐えられないことから離れ続ける。

 

それだけです。

 

たぶんそのうちに、いつの間にか自分にふさわしい場所にいたことに気づくのだと思います。

 

おや、いつの間にかこんな時間。

 

今日は可もなく不可もない、素晴らしい一日でした。

 

さあ、明日もやる気なく生きていこう。