本質で生きるマインドフルネス

瞑想おじさんの自己解放記

適応しなくていい

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Prologue・今できることだけを

 

今、自分にできることだけをやり続ける。

 

今、自分にできないことはできないと認め続ける。

 

今、自分に耐えられないことからは離れ続ける。

 

これを繰り返すとどうなるだろうか。

 

極めてシンプルなことだ。

 

自分にできることだけが手元に残る。

 

Chapter1・「適応するために努力しなさい」という戒律

 

しかし、あなたには信じられないかもしれない。

 

「そんなことをしたら、自分にはできることがなくなるのではないか。」

 

「誰からも相手にされなくなり、自分の居場所がなくなるのではないか。」

 

こうした恐怖を感じるかもしれない。

 

もちろんあなたが今そう感じているのなら、その感じ方を自分に許してあげるといい。

 

あなたの感じ方は、あなたにとっての絶対のものさしなのだから。

 

今、信じられないなら、僕の言葉を信じようとしないこと。

 

自分が信じられるまで人の言葉を信じないこと。

 

それはとても素晴らしいこと。

 

そして僕の言葉が信じられないこともまた、無理なきこと。

 

「適応するために努力しなさい」

 

僕たちの多くはこのように教えられたことだろう。

 

だから僕たちは、様々な場面で合わせる努力をする。

 

そして適応できないとき、自分を責める。

 

Chapter2・適応地獄との決別

 

しかし、この適応地獄に終わりはあっただろうか。

 

いったいどれだけ僕たちは「適応しなければならないもの」を作り出すのだろうか。

 

きっと際限なく増やし続けるだろう。

 

何かに適応できたとき、僕たちは自分を許すことができただろうか。

 

おそらく否だろう。

 

適応できないことばかりが目についたのではないだろうか。

 

そして、適応できない自分を責め続けたのではないだろうか。

 

自己否定の上塗り。

 

そんな日々だったのではないだろうか。

 

だからもう、そんな不毛なゲームには別れる決意をしてはどうだろうか。

 

どんなに努力しても、「適応しなければならないもの」は次から次に追いかけてくるのかもしれない。

 

どんなに努力しても、適応できないことばかりなのかもしれない。

 

それならば、いっそ適応するための努力を放棄してしまってはどうだろうか。

 

Epilogue・内面の革命

 

僕は実際、適応することをやめてから、生きていくことが格段に楽になった。

 

そして、適応しないことで適応障害を乗り越えた。

 

もちろんそれは簡単なことではなかった。

 

エゴが煽り立てる恐怖を感じるまま、それに応じないという姿勢が必要だった。

 

 

偽りの自尊心に気づき続ける作業も重ねた。

 

しかし、それまで明け暮れてきた適応するための努力に比べたら、まるで耐えられるものだった。

 

そこで僕は理解した。

 

適応しなければならないと信じていたが、実は適応しなくていいんだと。

 

適応できないときに激しく非難を受けるような場所なら、自分から離れればいいんだと。

 

そして、それでも生きていける場所は無限にあるのだということを。

 

これは僕の内面の革命だった。

 

「適応しなくていい。」

 

誰も信じなかったとしても、僕はこれからもこの真実を説き続けるだろう。

 

なぜならそれが僕の宿命だからだ。

 

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