引き寄せようとしない 〜縁〜
彼は言う。
縁があるものは、
掴み取ろうと努力をしなくても、
自分に適したタイミングで自然に出会うだろう。
仮にチャンスを逃したように見えても、
本当に縁があるものであるならば、
また何らかの形で自分のもとに現れることとなるだろう、と。
このように言うと私たちの思考は、自分が求めるものとの縁を、意図的に自分のもとに招き入れようとするかもしれない。
しかし、残念なことであるが・・・
縁があるかないかは、私たちにコントロールすることができないだろう。
私たちの思考が姑息なはからいをしたところで、
縁がないものは、やはり縁がないし、
私たちが策を弄せずとも、
縁があるものは、やはり縁があるようだ。
いや、
むしろ縁を持とうと謀るならば、
かえって縁は逃げるようだ。
再び、彼は言う。
だから私は、縁を引き寄せようとはしない。
積極的に選択しようとはせず、流れに身を任せる。
彼は理解しているのだ。
縁というものは自分の意志を超えて、全体の流れのなかで動いているものなのだということを。
だから、どんなに欲して掴み取ろうとしても、
自分に縁がないものならば、掴み取ることはできないし、
焦って勝ち得ようとしなくても、
願いがかなった自分の姿を想像しなくても、
そういったよけいなことをしなくても、
自分に縁があるものならば、いずれ関わることとなるだろうということを。
彼は三度言う。
だから私たちは、急ぐ必要はない。
気づき続けながら、ただ粛々と日々を過ごせばよい。
なぜなら私たちの人生は、競争などではないのだから。
ただ生きるということなのだから。
ただ生きることで、縁があるものと出会う。
そうして出会ったものと、私たちなりに丁寧に、折り合いを付けていけばいい。
p.s.
補足するまでもないとは思いますが・・・
この記事は、願望を抱いてはいけないということが伝えたいわけではありません。
もちろん、挑戦することなど無駄だという主旨でもありません。
私に言う筋合いはまったくありませんが・・・
願望があるのならば、それに素直であっていいと思うし、
挑戦したいのならば、いずれ挑戦すればいいと思います。
ただ私たちは、そろそろ気づくのがいいのかもしれません。
達成や獲得にとらわれることは、大きな苦しみとなりうるということを。