本質で生きるマインドフルネス

努力に疲れたあなたに贈る逆説的・幸福論

感動できなくていい

ネットオープンカウンセリングのお時間です。

 

ここでは、僕が相談者様のお悩みに回答させていただきます。

 

なお、掲載にあたって、相談者様の事前承認を得ています。

 

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感動できない

 

(相談内容)

 

私は感動することができません。

 

友達が「感動した」と感想を述べる映画を見ても、感動が湧かないのです。

 

また、親戚の葬式でも泣いたことがありません。

 

私はひねくれた人間で、性格に何か欠陥があるんじゃないかと、自分を責めてしまいます。

 

どうしたら私も人と同じように感動できるでしょうか?

 

(回答)

 

ご相談ありがとうございます。

 

お気持ち、よくわかりますよ。

 

僕も以前はあなたと同じように感じていましたので。

 

映画「ショーシャンクの空に」を見ても、まるで感動しない。

 

多くの人が「感動した」と言いますが、本気で「え、どこが?」と思うのです。

 

「ワンピース」のチョッパーとヒルルク博士のエピソードも、感動できませんでしたね。

 

そのことを知人に伝えると、まるでそれが異常であるかのように、「大丈夫なの?」と言われたものです。

 

今考えると、大きなお世話だと思いますが(笑)

 

しかし、当時は自分の心にどこか「感動するべき」という思い込みがありましたので、感動できない自分を恥じていました。

 

感動できないことは問題か?

 

感動しないあなたは本当に「性格に欠陥がある」のでしょうか。

 

そもそもそれは、性格の問題でしょうか。

 

それは性格ではなく、感じ方によるものではないでしょうか。

 

感じ方も価値観も、人それぞれです。

 

そして、それらに善悪はないと僕は思っています。

 

また、感じ方はコントロールすることができません。

 

つまり・・・

・感動できるかどうかをもって「性格に欠陥がある」とはいえない。

・感動できないことは決して悪いことではない。

・今、その対象に感動できないことは、変えようのない事実である。

ということになるかと思います。

 

人と同じように「感動するべき」か?

 

また、ほかの人が感動しているからといって、本当に同じように「感動するべき」なのでしょうか。

 

感動とは、しなければいけないものなのでしょうか。

 

映画を鑑賞したら必ず感動しないといけないのでしょうか。

 

身内が亡くなったら必ず感涙しないといけないのでしょうか。

 

感動とはそのように押し売りされるものなのでしょうか。

 

僕は違うと思います。

 

心理学的見解からも明らかです。

 

それは「共感は大切・同情は不要」ということです。

 

共感と同情

 

共感とは、「相手と同じ感情を持ちましょう」ということではありません。

 

相手が「そうであること」に対して、「ああ、そうなのか」と認めることです。

 

相手と同じ感情を持とうとすることは、共感ではなく同情です。

 

このケースでは、あなたには自分に対する共感をお勧めします。

 

感動できない場面にある自分自身に対して、肯定も否定もせず、「感動しないんだな」と、ただ認める。

 

「感動するべき」という思考が起こったときは、「そうか、感動したいんだな」と認める。

 

これを続けることで、おそらくあなたは感動しないことを、「ただ、そうであること」と受け入れられるようになるでしょう。

 

また、同情は不要ということでしたね。

 

つまり、あなたはほかの人と同じように感動できなくても何も問題はないのです。

 

あなただから感動できるもの

  

逆を言えば、多くの人が感動しないものに対して、あなたは感動できるかもしれないのです。

 

あなただから感動できるものが、あるかもしれないのです。


もちろん、なかったとしても大丈夫ですが・・・

 

僕にもありました。

 

ショーシャンクの空に」や「ワンピース」には感動しませんでしたが、松阪桃李さん主演の映画「娼年」では、一回の視聴で二回感涙しました。

 

おそらく多くの人には理解できないと思いますが(笑)

 

また、感動の表現方法は人それぞれです。

 

泣くだけが感動の表現ではないということも、重ねてお伝えしたいと思います。

 

結論を申し上げると、あなたは「そのままでいい」のです。

 

補足になりますが・・・

 

「同情は不要」という心理学的見地をお伝えしましたが、人と同じように感動したいという慈悲の心はあなたの美点であると、僕は思います。

 

「感動するべき」という考えに同調することが問題なのであって、「感動したい」という想い自体は大切にしてもいいのではないでしょうか。

 

hamamon91.hatenablog.com

 

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