本質で生きるマインドフルネス

瞑想おじさんの自己解放記

2019-01-01から1年間の記事一覧

心を込めずに行う

ものごとに取り組むとき、心を込めようとする必要はないと私は思っている。なぜなら、それは私たちの意志にかかわらず、心が勝手に決めることだと私は思うからだ。無理に心を込めようとすると、おそらく心が抵抗するだろう。そして、必要以上に疲れてしまう…

マインドフルネス瞑想の本質

何のためにマインドフルネス瞑想を行うのか。 マインドフルネス瞑想をいかなる形で活用するのか。 それは人によって様々だと思います。 最近は、ビジネスの成功目的でマインドフルネス瞑想を活用しようという企業も増えてきているような印象を受けます。 恐…

苦しみを苦しみと認める

あなたが今感じているその苦しさを「妄想」や「気のせい」で片づけないでほしい。 その苦しさに至る思考が建設的かどうかは関係ない。 あなたが今、感じているその苦しさは、あなたにとっての事実だからだ。 だから、あなたが感じている苦しさそのものまで否…

「協調」の本来の意味

私は「協調」という言葉にどうしてもいいイメージが持てませんでした。 それは、子供のころに大人たちが使っていたこの言葉に強い同調圧力を感じたからに他なりません。「みんなと同じようにしなさい。」 「みんなと同じことをしなさい。」「協調」という言…

今、このときの自分が本当の自分

今、このときの自分が本当の自分だ。今、苦しいかもしれない。 この苦しみがなければと思うかもしれない。 不快でたまらないかもしれない。その想いや感情はあっていい。それでも、今、このときの自分が本当の自分なのだ。 今、苦しいと感じている自分が。 …

疑うこと

盲信に陥らないために、疑うことは大切ではないでしょうか。 しかし疑うとはいっても、疑惑とは違います。 そこに評価や判断は必要ありません。評価をしないで淡々と疑います。 何かを納得しようとしなくていい。 感情的なものをなるべく含ませず、「それは…

意識を置く

マインドフルネス瞑想において、集中しようとして力んでしまう人がいるかもしれません。私も集中しようとすると、かえって集中できないタイプなので、その気持ちはよく分かります。実践を通じて、私は瞑想において集中しようと努力する必要はないと気付きま…

マインドフルネスとは何か

「マインドフルネス」という言葉は皆さんよく聞かれると思います。 では一体どんなものなのでしょうか。 一般的な定義としてよく言われるのは、『評価・判断せずに「今、ここ」に注意を集中する。』というものです。 実践している私も、実は端的な言葉で上手…

このブログについて

私は何十年もずっと自分と戦っていた 自分を否定し人をうらやんでいた いつも何かになろうと努力していた しかし何にもなれなかった どんなに努力をしても自分を変えることなどできなかった 私は馬鹿馬鹿しくなった 欠点を克服しようとすることをあきらめた …